株式投資は、それによって、豊富な知識を得られるとともに、人間性を高め、人生を豊かにする――。これは筆者の持論である。
著名な投資家、ウォーレン・バフェット氏は「私にとって幸いだったのは、物心ついたとき、そこに株式市場があったことだ」と語っている。まあ、普通の投資家はなかなかこんな心境にはなれないが……。
本書では東西の金 (カネ) と相場にまつわる数々のエピソード、書物を紹介している。構成は第一部のマネー、第二部の相場に分かれている。副題にもある通り、「ヘタな経済書」を読むよりもずっと投資に役に立つ”実践書”といえる。
ともあれ、株式市場を舞台にかくも多くの「名作」が書かれていることに驚かされるし、「エッ、あの人が?」とビックリするような人物が相場の魅力にのめり込んだ”事実”は一読の価値あり、と判断する。
菊池寛著の 『真珠夫人』 では船成金がカネの力で深窓の令嬢を手に入れるものの、「私は金で買われてきた身ですが、心までは売りません」と”床入り”を拒否されてしまう。先年、「女は金についてくる」と豪語していたIT長者が破滅したが、『真珠夫人』を読み、お金の魔力をもうちょっと理解していれば謙虚になれただろうに、と悔やまれる。
三島由紀夫著の 『青の時代』 では逆に、「私は男を愛せない。信じられるのはお金だけ」と主人公の恋人に言わせている。そして、主人公はヤミ金融に走る。そう、お金は心を狂わせる。
実は、『放浪記』の林芙美子が上京後、5年の間に、いろいろな職業を転々とするが、証券会社に勤めていたことは意外に知られていない。その社名は「茅場町の日立商会」と『放浪記』には記されている。
この”日立”は自分を捨てた初恋の岡野軍一 (明治大学を卒業後、尾道の日立造船に入社) にちなんだものだろう。
このほか、島崎藤村著の 『家』、谷崎潤一郎著の 『幼少時代』、沙羅双樹著の 『浪花の勝負師』、永井龍男著の 『ゆうやけ空』、杉森久英著の 『大風呂敷』、斉藤憐著の 『カナリア――西条八十物語』、瀬戸内晴美著の 『女徳』、池波正太郎著の 『青春忘れもの』などが登場する。
著者の鍋島高明氏には 『相場師奇聞』 をはじめ、『相場師異聞』 『今昔 お金恋しぐれ』 『鎧橋のほとりで』 『相場師列伝』など多くの相場師に関する著書がある。その取材力、古本の収集力には圧倒される。
と同時、著名な小説家たちの兜町との関わり合い、お金の怖さ、その盛衰を知ることができ、欲に底なし! の教訓を戒めとして実感させられる一冊である。