長尾慎太郎 Shintaro Nagao
東京大学工学部原子力工学科卒。日米の銀行、投資顧問会社、ヘッジファンドなどを経て、現在は大手運用会社勤務。
主な訳書に、『魔術師リンダ・ラリーの短期売買法』『タートルズの秘密』『新マーケットの魔術師』など多数。


日本人は確率統計の観点からの考察および意思決定が不得手であるとよく言われる。

それは一つには日本の数学教育において確率統計は軽視されてきたこともあるが、それ以前の問題として、旧来日本人がプラグマティズムではなく観念論にその行動の基礎を置いてきたからである。

その背景にあるのは、自身の経験あるいは現実の社会の分析に基づいて主体的に行動するのではなく、常に自分では無い何者かの唱える理念や供給する情報といったものに従っている限りにおいては、そこから起生する結果に関する責任は常に自分自身ではなく自分に教唆を与えた他者にあるのである故に、責任を取らなくてもよいという都合の良い真実である。

その意味においては、私達の周囲には、残念ながらまことに責任回避的な行動パターンを善しとして生きている人が多いことになる。 結果として、事実や因果関係を明確な数値の形で提示する手段としての確率統計はこの国では片隅に追いやられることになったのである。

しかし、たいていの社会的活動においては、そうした事実から目をそむけるがごとき性行が許されても、当然ながらトレードにおいてはそうではない。 そこでは迅速な意思決定が要求されると同時に、結果についても私達は無機質に提示される数字に向き合わなければならない。

責任を誰かに転嫁することは許されないのである。 だが、幸いなことに私達はこれに対する優れた解決法をすでに持っている。 確率統計である。

観念論者が確率統計を忌避するのとまったく同じ理由で、プラグマティストの最たる者であるトレーダーにとっては、それによって手際の良い意思決定と結果責任の受け入れが容易となるのである。

統計学に基づいて過去を分析することは、迷いの無い適切な投資行動を可能にし、またそれら一連の投資行動の結果については確率の問題であるとして受け入れることによって微視的な事項にこだわる旧来の陋習は影を潜めるであろう。 そして自分の判断の優劣に関して結果を冷静に分析することにより、それをフィードバックして正の連鎖を生み出すこともできる。

さて、はじめに「日本の数学教育において確率統計は軽視されてきた」と書いたが、案ずることは無い。 確率統計はなにも学校だけで学ぶものではない。 それはさまざまないわゆるゲームを通じて楽しく学ぶこともできるのである。 その中には子供向きのモノポリーといったボードゲームや、将棋や囲碁、また競馬や競艇といったギャンブルなど様々なゲームがあり、漫然として行うのではなく純粋に勝つことを目的に研究すれば、それぞれ確率統計的思考力を鍛えるのに非常に役に立つ。 しかしそれらの中でも最もトレードに親和性があるとして評価が高いのは何といってもポーカーである。 これはプロのポーカー・プレイヤーから多くの優れたトレーダーが輩出されていることからもわかるであろう。

トレードの上達に当たっては、相場書を読んだりマーケットを分析したりするのも良いが、たまにはポーカーをはじめとしたゲームを研究してみるのも悪くないアプローチだと思料する次第である。


長尾慎太郎様より