私は、三菱商事という総合商社に30年在籍し、非鉄金属と貴金属の取引を行い、ことにプラチナでは世界の主要プレーヤーの1人であった。退職後セントラル商事を経て、現在光陽グループのシンクタンクにおいて、相場の予測を毎日行っている。最近私は『商品先物取引の基礎知識&儲けの方法』という本を「すばる舎」から出版したが、この著作を執筆するにあたり多いに参考にさせてもらった本が、ラース・テュヴェーデ著、赤羽隆夫訳、ダイヤモンド社刊の『相場の心理学』という本である。
私は、幾多のテクニカル分析や相場で成功した人の自叙伝を読んだが、勝てば官軍のコメントが多く、科学的な解説にはなかなかお目にかかれなかった。また、私は「商品ファンド」を日本で最初に立ち上げた人間の1人として、世界各地で行われたMAR(Managed Account Report)社主催の投資セミナーに出席し、その年に際立ったパーフォーマンスをあげた投資顧問の分析手法について、解説セミナーを聞いてきたが、そのセミナーで「毎年」講演することができるほど高い収益を上げ続ける投資顧問はほんの一握りであった。おそらく、未だに常勝の投資手法は発見されていないのではないだろうか。
私は、多くの投資手法を読んだり聞いたりして、その良いところを勉強することは、とてもたいせつだと思う。しかし、いちばん肝心なことは、それらの多くの投資手法を身につけて、時宜に応じて使い分けることだと思っている。だから、一つの理論にこだわって、その奥義を深めようとする人々の投資手法を金科玉条のごとく信じることはない。ある時はその投資手法が一番適切であったのであろうが、おそらく次の瞬間には全く場違いな手法に変わっているはずだというのが、複雑系の科学が解き明かそうとしている世の不思議ではないかと思っている。
ところが、そんな私も信奉している数少ない投資理論がある。その一つがこの『相場の心理学』に書かれている相場の「自己強化的特性」といわれる心理分析である。つまり、移動平均線やトレンドラインのような単純な投資分析手法がよく当たるのは、多くの人々がそれを見ているからであり、移動平均線がゴールデンクロスを形成したら、多くの人が買いに走るため、結果として相場は上がり、移動平均のゴールデンクロスはよく当たるということになる、という心理学的分析である。この本でこれを読んだ時は目を洗われる思いをした。それまで、「トレンドラインなんて何の科学的根拠も無い、もっと複雑なテクニカル分析があるはずだ」と試行錯誤していた自分が、まったく見当違いの迷路を歩いていたのだということに気が付いた。
一目均衡理論も、ボリンジャーバンドの理論も、ギャンの法則も学ぶべきことは多いと思っている。しかし、一方では、テクニカル分析が単純であればあるほど美しく見える。テクニカル分析の究極は心理学的分析なのではないかと思わせる内容が書いてあるのが、この本である。