1964年に映画化された「メリー・ポピンズ」は、歌と冒険にあふれたディズニー得意のファミリー・エンターテイメントである。エドワード朝のロンドンで繰り広げられるこの物語は、堅物の銀行員、バンクス氏の家に、ジュリー・アンドリュース扮するメリー・ポピンズが、政治活動に忙しいバンクス夫人の目に適って、二人の子供達の家庭教師として住み込むことから始る。この映画の中で、バンクス氏は銀行からの帰途、元海軍総督の隣人に、金融界の様子はどうか、と声をかけられる。氏は応えて、「最高です。資金は担保されていますし、信用は増すばかり。英ポンドは、世界の羨望の的です」と、変わり者の隣人をやりすごす。産業革命を推し進め、7つの海を支配し、日の沈まない帝国を築いた英国的システムがフルに機能していた時代の誇りと自信が、この台詞には溢れている。「英ポンドは、世界の羨望の的…」
本書は、90年代後半から2000年台初頭にかけて、日本的経済システムが崩壊する様を描いたフィクションである。統合・(救済)合併、一時国有化、譲渡、そしてそれぞれに伴う兆単位の公的資金の導入――という形で、明白となっていた日本の金融機関の制度疲労への対応を先送りした後に待っているものは……、というのがこのフィクションのベースである。
日本という不幸な金融大国は、アメリカでも、イギリスでも、アジアでも起った金融危機に、膨大な資金と沈長な時間を費やして望む。そこには、保身を最優先する官僚、迎合主義的な経営者、そして最終的に払わされるツケに脅える現在・未来の納税者が見え隠れする。足元の金融危機に対する当局の対応に憤懣を募らせてくれるストーリーは、同時に、差し迫った現実に対して無知であり、金銭的に鈍感な金融大国の姿である。リアリティーに富んだこのフィクションは、日本銀行、金融監督庁・金融検査マニュアル検討委員会委員、通産省・アジア通商金融研究会委員を務めた木村氏でしか補足できないディテール満載の一冊となっている。
また、併読されるなら、新法によって政府・大蔵省からの独立性を勝ち取り、90年代後半の金融危機に対して、前代未聞の金融政策を決議するという日銀の苦渋の選択を扱った『ゼロ金利の経済学』を、強くお勧めする。
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