2001年4月に小泉政権が誕生し、郵政事業や道路公団の民営化を目指す“聖域なき改革”が始まった。同年9月にはニューヨークで同時多発テロが起き、アメリカによるアフガニスタン侵攻とイラク戦争がそれに続いた。
当時も今も、不安の時代を背景に、世の中には怪しげな人生論や生き方指南本が溢れている。だが自分と家族の将来を真剣に考える時、オカルトや精神論、道徳的説教や陰謀史観は何の役にも立たない。必要なのは人生の大海原を漕ぎ渡る海図と羅針盤ではないだろうか――私たちはそんなことを考えていた。
今回の文庫化にあたって、執筆者の一人としてあらためて本書を読み返してみると、ときに性急な主張や思い込みも目につく。だがそれ以上に、ここには未知の世界を発見した驚きと、それをひとりでも多くの読者に知ってもらいたいという熱気がある。このような本はたぶん二度と書けないだろう。
すべての日本人にとって不幸なことに、本書の主張の多くは現時点でもそのまま通用する。
公的年金や企業年金、医療保険制度が構造的に破綻せざるを得ない理由を本書で述べたが、それとまったく同じ議論が現在も繰り返されている。本書が時代を先取りしていたという話ではない。“改革”に明け暮れた4年の歳月を経ても問題はなにひとつ解決せず、私たちは今も同じ場所に留まり続けている。
日本の生命保険会社は魅力に乏しい商品を義理と人情を武器に販売してきた。そのうちのいくつかが経営破綻し外資に買収され、業界地図は大きく塗り替わったが、聞き慣れぬ名前の保険会社が似たような商品を売り歩くようになっただけだ。
ここ数年、80年代のバブル期を上回る戸数のマンションが販売されている。長期金利の低下と住宅ローン減税によってマイホーム取得に千載一遇のチャンスが訪れたからだという。不動産の世界では、過去はすべて記憶の彼方に葬り去られることになっている。バブル崩壊以降の十数年間、金利はいつも「反転」し、地価は常に「底打ち」していた。
今や年間の自殺者数は3万人を越え、自己破産件数は30万件に迫ろうとしている。給与は減り、退職金制度は廃止され、終身雇用制は能力主義と容赦ないリストラに取って代わられた。私たちはもはや国家にも、企業にも頼ることはできない。懸命に働けば努力は必ず報われた幸福な時代は二度と戻ってはこない。
日々の生活の糧を第三者から与えられながら、人は自由に生きることができるだろうか? これが私たちに投げかけられた問いだ。
国家にも企業にも依存せずに自分と家族の生活を守ることのできる資産を持つことを「経済的独立」と言う。人生を経済的側面から考えるならば、私たちの目標はできるだけ早く経済的独立を達成することにある。真の自由はその先にある。
この本で、私たちはたったひとつのことしか述べていない。
誰もがかぎられた時間の中で、かけがえのないただ一度の人生をつくり上げていかなくてはならない。その時に必要なのは、世界にたった1枚しかない自分だけの設計図を描く知識と技術だ。
それはもちろん、私自身の課題でもある。
橘 玲
ここで唐突に、冒頭の「日本人の人生はなぜ100円ショップの紙コップになってしまったのか?」という問題に戻ります。
これまで述べてきたように、人はみな「運命」という大きな枠の中でしか生きることができません。こうした生物的・社会的なさまざまな制約を「人生の土台(インフラストラクチャー)」とよぶならば、人生の8割は土台からできています。逆に言えば、残りの2割の中でしか、人はポジティヴな人生を生きることはできません。
このように考えてみると、「人生論」が成立しなくなった理由もわかってきます。大衆社会の拡大につれて人々の価値観が多様化してきたために、ポジティヴな人生論では、もはや最大多数の心をつかむことができなくなったからです。
しかし、いかに大衆化社会が高度化しようとも、人生における8割の土台部分は変わりません。どれほど社会が進歩しようとも、人は社会の中でしか生きられませんし、老いて死んでいく運命から逃れることはできませんし、たぶんこれからもずっと、お金と商品を交換する資本主義経済のもとで暮らしていくしかありません。
これまで私たちは、人生というのはポジティヴに語るものだと、ずっと教えられてきました。「人生とはこうあるべきだ」「おまえはこういう人間になるべきだ」というように。
しかし、一人一人の人生が異なる以上、こうしたポジティヴな人生論はたんなる押し付けになるほかありません。価値観が多様化する中で、急速に魅力を失っていったのも当然です。
だからといって、人生について語ることが無意味になったわけではありません。
「人生」とは実は、ネガティヴに語らなくてはならないものだったのです。「私の人生はどのような条件によって規定されているか」というように。
土台部分の構造がわかれば、そのうえではじめて「設計」が可能になります。土台を無視して家を建てることができないのと同じように、「人生のインフラ」を考慮しない人生設計はたんなる夢想にしかすぎません。それでは、どんな目的も達せられないでしょう。だいいち、人生の8割が土台であれば、個性がどうのと言う前に、土台の構造だけでたいていのことは説明できてしまいます。
こうした理由から、本書においては、ポジティヴに選択できる人生の2割に関しては一切扱いません。あなたが傭兵になろうが、ホームレスになろうが、それはあなたの選択であって、私たちにはなんの関係もありません。逆に、他人がこの2割に介入すると、宗教かできの悪い説教になってしまいます。
本書が扱うのは、人生の8割を占めるインフラ(土台)部分のうち、経済的な側面だけです。それを主に、不動産と生命保険という2種類の投資商品を通じて考えてみようというのが、私たちの基本的なアイデアです。
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本文中でも繰り返し述べますが、バブル崩壊を機に日本の将来は混迷を深め、私たち日本人の人生も、不確実性の昏い海の中に投げ出されることになりました。
当たり前のことですが、そんなときこそ、土台がしっかりしていないと、「自由」なはずの人生はあっという間に崩壊してしまいます。
私たちが20代の頃はバブルの全盛期で、自由奔放に人生を謳歌している人たちがいっぱいいました。そんなキラキラと輝くような生き方をしている人たちを、片隅から眩しく見ていたものです。
30代になってふと気がつくと、その人たちのほとんどが、消えてしまいました。同様の喪失感を共有する人は、本書の読者の中には多いのではないかと思います。
憧れていた人物の生活が荒廃し、破滅していく過程を間近で見ているのは、つらいものです。
しかし、それもまた、誰のものでもないひとつの人生だと言うしかありません。
私たちの人生は、大海原に浮かぶ小舟のようなものです。
目的もなくやみくもに漕ぎ出した船は、いずれ難破するほかありません。
実に単純な、そして実に残酷な真理です。
それを思い知らされたことが、本書を書きはじめたきっかけです。
STEP1 持家と賃貸はどっちが得?
STEP2 不動産の値段はどうやって決まる?
STEP3 世にも不思議な不動産市場
第2部 6歳の子どもでもわかる生命保険
STEP4 生命保険の仕組み
STEP5 不思議の国の保険会社
STEP6 DIYで保険ポートフォリオをつくる
第3部 ニッポン国の問題
STEP7 年金と医療保険について考えてみよう
STEP8 やがて哀しき国民健保
STEP9 ニッポンという問題
第4部 自立した自由な人生に向けて
STEP10 人生設計の基礎知識
STEP11 「もうひとつの人生」に向けて
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