はじめに ー円高の現場よりー(原文のまま)
一九九五年三月初め、ドル円レートが四カ月ぶりに最安値(円の最高値)を更新したとき、武村蔵相は投機筋を避難し、また、多くの識者が円は過大評価されているとコメントした。 筆者にいわせると、膨大な貿易黒字にもかかわらず、市場で過小評価されてきた円が限界点に達し、暴発したのである。
市場の内側にいるわれわれのみるところによると、一九九四年六月下旬、戦後初めてドル円が一○○円を割り込んで以来、投機筋はむしろドルを買ってきた。その頃、個人の外貨預金が急激に膨れ上がったのをご記憶であろうか。投機筋とて同様である。二ケタの数字でドルを買うということが、どれほど魅力的に思われたことであろう。
一○○円は節目である。ずっと円債や日本株に投資してきた海外の投資家にとっても、一度は手仕舞おうか、為替ヘッジをいれようかと迷うところである。そこをこらえた者も、七月中旬に九六円六○銭をつけた後、底固く展開したドルをみては買いに入ってきた。一一月初めの九六銭一一銭は二番底にみえた。ここでも年末年始にかけてドル買いが入っている。 六月末から最安値更新までの八カ月余りの期間で、ドル円が一○○円以上で推移していたのは正味約三カ月。残りの五カ月余りは二ケタレートで推移した。つまり、一○○円以下でドルを買いたい人は十分すぎるほど買えたのである。
一方、ドルの売り手はどうか。輸出企業などは社内レートなどの関係もあり三ケタ確保、すなわち、できあがり一○○円以上で売りたかったはずだ。ところが、金利差により先物レートは六カ月で約二円、三カ月で一円近くドロップする。したがって、六カ月先の予約のためには、スポットレートが一○二円、三カ月先のためには一○一円が必要となる。
ここで次ページのチャートをみてほしい(図1)。六月末以降のドルの戻り高値は一○一円七八銭。一○一円台に片足でものっていたのが八月の四日間。年が明けた一月の四日間の計八日間だけである。この八日間を逃せば三カ月先の予約でさえも三ケタ確保ができなかったことになる。 また、一○○円以下でいったんドル買い円売りを行った円物に対する海外の投資家が、もう一度円買いドル売りを行いたいレベルは、その人がチャートをみているかぎり、一○二円五○銭から一○五円の間である。さほどドル高をみていたわけではなくても、一度ドルを買い戻してしまったなら、ドルの戻りが十分になかったために、再度売り損ねてしまった傾向がある。
一昨年、昨年とドル円は年初にその年の高値をつけている。したがって、今年もその頃にドル下げを警戒していた者もいるはずだ。筆者も一九九四年一二月中旬と、翌一月中旬の二回、自己勘定(正確には銀行の資産)で、スポットレート一○○円のときに、ストライクプライス九○円、期間三カ月のドルのプットオプション(ドル円を九○円で売る権利)を購入している。つまり、九五年三月半ばから、遅くとも四月半ばまでには、ドル円が九○円を割り込んでくると予測していたわけだ。一度でなく、繰り返し買っていることから確信犯といえる。
もし、その頃筆者と話した輸出企業の為替担当者がいたとして、筆者に本書に書かれているようなことをあげられて説得され、無事にドル売り予約を入れることができたであろうか。難しいと思う。 彼が他人の意見をきかない人であれば、筆者の意見だってきかない。他人の意見をよくきく人であれば、筆者だけでなく他の人の意見もきく。「日本経済新聞」による一九九五年初めの識者のドル円レートの予想を思い出してもらいたい。ほとんどの人が一○五円、一一○円方向をみていた。したがって、誰かに相談したが最後、多くの人にきけばきくほど、ドル売りができなくなってしまったであろう。
この年初の予想は輸入サイドにも影響する。当時、年内に九○円割れを予想していた人は三%である。多くの人は九五円を下限とみていた。先物のディスカウント効果でスポットレートが九七円のときに輸入予約をすると、六カ月で九五円、九カ月で九四円、一年だと九三円という、年内にはつきそうもないレートで為替の先物ドル買い予約がとれる。こういう場合の予約は先々まで順調に進む。
三月初めの円急騰の前夜には、日本の政治、経済がこのような状態で、一○○円以上の円高は長く続くはずがないという過剰な思い込みが円の過小評価を生んでいた。円を買わねばならない人は待ち続け、売れる人は売り過ぎていた。結果はみての通りである。
本書は二部構成になっている。第I部では考えられうる円高阻止策を二四掲げ、施行した場合の効果と問題点を列挙した。効果のありそうなものだけでなく、世間一般にいわれていて、しかし、あまり役立ちそうでないものもできるだけ多く集めてみた。ナンセンスなものも含まれているが、そういったものでも大まじめに語っている人が現実にいるので、あえてここでも取り上げた。気に入った項目だけ選んで読んでいただいて結構である。
第II部は二章からなる。第1章は本書の核となる部分である。謎に包まれ誤解に満ち満ちた為替レートの価格変動の仕組みを懇切丁寧に解明してある。 第2章は、ならばどのようにしてこのやっかいな為替とつきあっていけばよいのかを、読者の方に相談されたつもりで書いた。
この過激な円高のもと、生き残るための一助となれば幸いである。 一九九五年 葉桜の頃
矢口 新
目次
はじめに
第I部 円高を止める二四の方法
1、輸出企業のコストをドル建てにする
2、輸出を円建てにする
3、輸出企業の海外設備投資に税制などで優遇措置を与える
4、輸入障壁を取り除き、輸入促進を積極的に推し進める
5、政府の調達品は輸入品を優先し、公共投資の発注先も外国企業を優先する
6、本邦旅行者の海外での購入品に対して、原則無税とする
7、テレビのチャンネルを一つ米国に開放し、二四時間米国製品のテレビショッピング番組を放映する
8、輸出課徴金、輸入割当てなどの経常収支バランス政策を実施する
9、本邦投資家の対外証券投資を奨励し、為替ヘッジを手控えるよう行政指導する
10、対外不動産投資を低利によって奨励し、不良資産化した場合も追貸しを黙認し、業務を継続させる
11、海外投資家に対し日本の問題点を強調し対内投資をしにくくさせる
12、円金利、日本株配当をさらに低く抑え込み、円投資の魅力を少なくする
13、金融緩和を行う
14、財政政策を実施する
15、政府開発援助(ODA)を急増させる
16、期限が迫っている外国政府等の円借款に対し、特別の配慮をもって臨む
17、円建て外債および新規の円借款の為替ヘッジはなるたけ避けるように依頼し、為替差損に対しては特別配慮の含みをもたせる
18、外国政府の外貨準備に円を加えないように依頼する
19、年間一三○○億ドルの経常黒字に見合うだけの額の円売り介入を行う
20、固定相場制に戻す
21、円をアジアの基軸通貨に、為替バンドを導入する
22、米ドルを日本の通貨にする
23、官僚、政治家の給与をドル建てにする
24、投機資金を取り締まる
第II部 円高の原因と今後の対策
第1章 円高の原因究明
1、相場の成立ち
2、外国為替市場の需給
3、国際収支の意味するところ
4、金利と為替の関係
5、経済のファンダメンタルズ
6、ドルの信認低下
7、円の基軸通貨化
8、購買力平価の落とし穴
9、バランスシートの怪
10、人気の及ぶ範囲
11、価格変動の本質
第2章
1、円投での外債ポートフォリオ運用についての提案
(1) ライアビリティ
(2) アセットの運用
(3) リスクの種類
(4) リスクへの対応
(5) 為替リスク
(6) シナリオ分析
(7) タイムホライズン
(8) デュレーション
(9) 結論
2、チャートにみるトレンド
3、予想される需給
4、レート予想
5、予想を超える事態の可能性
6、無為にして化す
おわりに
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