内容紹介
昭和――年の秋の初めのこと信州のS温泉に旅行に出かけた私は、翠巒荘という旅館で猪俣という男と出会う。
彼はミステリ好きであり『トレント最後の事件』という作品を読んでいた。
初対面のはずなのに、いつかどこかで会ったような感じがする男であった。
仕事が刑事でありながら探偵小説をこよなく愛する私は、同好の士を見つけた思いで、お互いどちらからということもなく接近して行って、彼と懇意に話すようになったのである。
自分が刑事であることを伝えたことから猪俣は、一向世間に知られなかった事件のなかに風変わりなものが無かったかを問う。
そこで私はふっと思い出した「硫酸殺人事件」について語ることにした。
それは今から足掛け十年ほど前のこと。名古屋市の郊外にあるGという住宅街で起こった事件だった。
ある夜のこと、そのG町を巡回していた管轄の巡査が、空き家のはずのあばら家のなかに、硫酸を顔にかけられて、はぜた石榴のような遺体を発見したことから始まった……
江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)
日本の推理小説家。1894年10月21日生まれ、三重県生まれ。筆名は、19世紀の米国の小説家エドガー・アラン・ポーに由来する。数々の職業遍歴を経て作家デビューを果たす。本格的な推理小説と並行して『怪人二十面相』、『少年探偵団』などの少年向けの推理小説なども多数手がける。代表作は『人間椅子』、『黒蜥蜴』、『陰獣』など。1954年には乱歩の寄付を基金として、後進の推理小説作家育成のための「江戸川乱歩賞」が創設された。
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